武蔵野の野は薄（すすき）の天下。可憐な草花はなぜ混じっていたのか。

　前回お話ししたように、武蔵野では馬のまぐさにするための薄（すすき）が育てられていました。薄原はただ放置していると森になってしまいます。日本のように雨の多い国では、樹木の勢いがいちばん強く、土地を放っておくと大方は林になってしまうのです。

　その林を人が切り拓けば、薄の天下になります。薄は日の光が大好物で、繁殖力もあります。

　ところが、木が育って薄の背を越えてゆくと、こんどは木が勝ちます。薄は日陰に弱いのでやがて淘汰され、野は落葉樹林に変わり、さらにいずれは常緑樹林にと姿を変えてゆくのが自然の宿命なのです。

　そこで、飼料や肥料に役立つ資源用の薄原を保つためには、冬から春にかけての火入れ＝野焼きが必要だったのです。薄原には日が降り注ぎ、野の草花も混じり咲きます。下掲の絵の武蔵野に桔梗や女郎花（おみなえし）、萩が描かれているのは、当時の植生を如実に反映したものなのです。

伊勢物語図より抜粋（国文館研究資料館所蔵　鉄心斎文庫）

　　同じ段の絵の野の描き方を何点か見比べてみましょう。次の伊勢物語嵯峨本では薄だけが描かれています。

伊勢物語　嵯峨本（国文学研究資料館　鉄心斎文庫）『日本古典籍データセット』（国文研等所蔵）より抜粋

　下記の奈良絵本では薄に萩に女郎花です。

伊勢物語　奈良絵本（国文学研究資料館　鉄心斎文庫）『日本古典籍データセット』（国文研等所蔵）より抜粋

　また、大英図書館本の『伊勢物語絵巻』には、こちらに薄と色鮮やかな蔦、女郎花が、こちらに野菊が描かれています。

　このように、いまでも里山で慣れ親しまれている可憐な花々は、資源獲得のための薄原の形成という、人の営み──野山の手入れ──とともに咲き誇っていたのです。（続く）

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