伊勢物語絵巻スペンサー本には謎の絵が。挿絵作者の意図は……?
それはさておき、前出の桃山期の絵が描かれている絵巻は、いまはニューヨーク・パブリック・ライブラリーが所蔵しています。十九世紀末生まれの大富豪・ウィリアム・A・スペンサー(1870-1911)ゆかりのコレクションに含まれており、『伊勢物語絵巻スペンサー本』、あるいは『スペンサー絵巻』などと称されているものです。
ウィリアム・A・スペンサーという人は二十世紀初め頃の実業家で、美術を愛好し、生前から世界各国各地の古い絵入り書物を蒐集していました。
このスペンサー氏は、何とあの海難転覆事故で有名な「タイタニック号」に客として乗船しており、遭難して亡くなってしまったのです。奇しくも乗船渡航の数日前に遺書を作り、万が一のときには自分の美術コレクションをNYPL(ニューヨーク・パブリック・ライブラリー)に寄贈し、その後の蒐集資金も添えると記していたそうです。
日本の美術品に関しては、ウィリアム氏の死後、図書館によって第二次世界大戦後に集められたものが多く、伊勢物語絵巻もそのうちの一点です。
このスペンサー絵巻には、研究者が首を傾げてきた絵がいくつかあります。どの段の挿絵に相当するかが不明だというのです。スペンサー本の巻子は、貼り違えからか、文章や挿絵の順序に乱れや抜けが多いだけでなく、ほかの本にはない、つまりキービジュアルではないオリジナルな絵があり、謎が残っています。
そのひとつが下載の絵です。
この絵は、六十七段と六十九段のあいだにあります。
では、どちらかの挿絵かといえば、いずれの内容とも合わないのです。また、ほかのどの段にもそぐわないと見られてきました。どの段の本文にも書かれていないシーンなのです。
ここまで読んでくださった方は、もうお気づきですよね。
そうです。頭上運搬の姿といい、雪玉の風情といい、四十一段のそれと繋がるものといえるでしょう。でも、待って下さい。四十一段の物語では、季節が師走であったはず。なのに、この絵では下のように羽根突きなど新年の風情が描かれています。いったいなぜなのでしょうか。
実は、私見ではありますが、その答えは下の絵のなかにあると思っています。次回はその謎に迫ってみましょう。
(続く)
Comments