伊勢物語第十二段「武蔵野」のキービジュアルに共通した男女の「しぐさ」とは……？

　今回は、推測まじりのお話です。

　数回にわたり見てきた「武蔵野」の物語絵ですが、主人公となっている男女の描かれ方をよく見ると、一つのパターンが見て取れます。

伊勢物語図より抜粋（国文館研究資料館所蔵　鉄心斎文庫）

　上掲の物語絵の男女も、下掲の奈良絵本の同じ段の絵も、男女のポーズが酷似しているのです。

伊勢物語　奈良絵本（国文学研究資料館　鉄心斎文庫）『日本古典籍データセット』（国文研等所蔵）より抜粋

　男性は顔の前あたりに片手を上げ、女性は袂で口のあたりを押さえています。気になって見直してみると、大英図書館所蔵の伊勢物語絵巻でも同様なのです。嵯峨本でも同じしぐさが見られます。

伊勢物語　嵯峨本（国文学研究資料館　鉄心斎文庫）『日本古典籍データセット』（国文研等所蔵）より抜粋

　推察ですが、物語絵のこのしぐさが示しているのはどうやら「燻（いぶ）されて煙（けむ）い」ということのように思います。とくに嵯峨本では、男女の双方ともが目を閉じていることからして、煙が目に染みているようなのです。男性は煙を手で仰ぎ散らしているのでしょうか。

　これらのことからすると、伊勢物語の原文では追手が「火をつけむとす（火を付けようとしている）」と書かれているので、火はまだ付けられていないのですが、物語絵では武蔵野の一部にすでに火が放たれ、あたりが煙っている様子が表されているようです。

　原文よりもオーバーな表現ですが、臨場感は増しますね。読者を物語に引き込むための効果的技法のひとつといえるでしょう。

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