伊勢物語は時代を超えて絵画化され、キービジュアルがよく知られていた。
日本の古典文学のなかでも、伊勢物語と源氏物語は、イラストレーションが数多く残るお話です。
いずれの物語も舞台は平安王朝で、主人公が実在の有名なセレブを連想させるモデル小説でもあります。
華麗な平安貴族社会は視覚化にうってつけの素材でもあり、鑑賞する側はセレブリティの一挙一動に思いを馳せ、胸をときめかせたことでしょう。
ここでは伊勢物語絵を見ていこうと思います。
源氏物語第十七帖「絵合」のお話では、下の絵のように、伊勢物語の物語絵が宮中での絵合わせ競(くら)べの題材として登場しています。少なくとも源氏物語が初めて文献上に表れた西暦千八年には、すでに伊勢物語絵がロイヤルセレブの教養のひとつだったのです。
このことから、伊勢物語の物語絵は、物語が流布してほどない頃から描かれていたと推察されています。
ただ、残念ですが、絵巻としては平安期のものは仮にあったとしても残っておらず、伝存のなかで最古の着色絵巻は鎌倉期のものになります。(伊勢物語絵巻 和泉市久保惣記念美術館)
それはさておき、伊勢物語絵はすべての段に添えられていたわけではないのです。
挿絵があるのはポピュラーかつ、絵にしやすいストーリーの段だと思われます。例えば一~九段のお話には挿絵がよく見られる、十、十一段は例が少なく、十二段はよく見られる、十三段は稀、十四段はよく見られる……といったぐあいに、絵画化される段は各時代にわたり、おおむね定まっていました。挿絵自体のモチーフも構図も、時代は違えどそれぞれがよく似ています。
一例として、第四十一段の物語絵をいくつか見てみましょう。
この四十一段は通称〝緑衫の袍(ろうそう の ほう)〟と呼ばれていますが、現代人にはわかりにくいネーミングです。そこで、ここではこの段を仮に〝姉妹と婿ら〟と呼ぶことにします。
〝姉妹と婿ら〟段のあらすじを簡単に記しておきます。
【要約】…………高貴な家出身の姉妹がいた。一人は裕福な貴族を、一人は地位が低く貧しい男を婿にした。後者の女性は経済的に余裕がなく、自分で夫の上衣の洗い張りをしたが、手慣れておらず破ってしまった。気の毒に思った裕福な方の婿は、貧しいほうの夫用にと、深緑色の上衣(緑衫の袍)を手配し、歌とともに彼女のもとに贈り届けてやった。
この四十一段に添えられた絵のうち、桃山期の絵巻のものが下記です。
次の絵は江戸初期、慶長十三年嵯峨本の挿絵。
続いては、江戸前期の奈良絵本の挿絵です。
どうでしょう? いずれの絵も場面の切り取り方がよく似ていることにお気づきになるのではないでしょうか。庭に布が干された家屋のなかに女性がおり、お使いの者が荷物を携え、外にいる点が類型的です。
これが、第四十一段のキービジュアルと見ていいでしょう。
(次回へ続く)
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