放っておいた彼女が新たな人と今夜結ばれるつもりだと聞いて、彼はどう出たのか。
前回に引き続きまして、第二十四段のお話です。
都へ赴任した彼が三年待ったのに帰ってこなかったので、未練を残しながらも女性は別の人と今夜契ろうとしていました。
そこへ、何と彼が戻ってき、下掲の絵のように「あけてくれ」と戸を叩いたのです。

さて、そのとき彼女はどうしたかといいますと、歌を詠み、戸から差し出しました。
歌意はこんな感じです。
「私、あなたがいない三年を待ちわびたのよ。とっても苦しかった。今宵初めて、新たな人と結ばれるのっ!」
彼女にしてみれば、こういいたくもなりますね。堂々と離婚できる期間である三年待っても、彼は帰ってこなかった。その間待ちに待っていたのですから、どうしても辛かった日々を訴求せずにはいられないのです。同時に、現実に新たな彼がいま、ここにいることへのいいわけも含まれています。
ところで、彼女の心は彼氏と新たな人のどちらにあるか、この歌意からは明白ではないでしょうか。
彼女は「これから結ばれようとしているところなのっ」と語意を強めています。つまり、まだ新たな人とは契っていないんですね。深い仲になる寸前ですから、〝あなたが私の苦しさを汲んで包容力を見せ、復縁の行動に出てくれたら、まだ間に合うわ。取り返しがつくのよ〟といいたかったのではないでしょうか。
気持ちが吹っ切れているなら、新しい彼ののろけとか、元彼への感謝など、素直に別れの歌を詠むところですから。物語の起承転結でいえば、元彼が戸口を叩くところからここまでが〝承〟といえるでしょう。
では、元彼はどう出たか。ここから先が〝転〟の部分ですね。
大英図書館所蔵・伊勢物語図會の絵をご覧下さい。彼は困惑した顔つきで、すでに彼女に背を向けようとしています。
デジタルアーカイブがないのでご紹介できないのが残念ですが、小野家本伊勢物語絵巻(個人蔵)にもよく似たシーンが描かれています。男性の足先が、家から去ろうとする方向に向いています。踵(きびす)を返すとはまさにこのことですね。
そうです。彼にしてみれば、新たな彼がいるなら、あえてしゃしゃり出ようとまでは思っていないのです。
この男性の恋は、心が主軸なのかもしれません。彼女の気持ちが少しでも別方向に向いたなら、〝もう俺の出る幕じゃない〟と引いてしまう。傷つきやすくもあるのでしょうね。この男女二人のあいだでは、物の見方がずいぶん異なり、すれ違っていることがわかると思います。(続く)
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